ヤマト科学賞選考委員会は、このたび「第11回ヤマト科学賞」の受賞者を決定致しました。
本賞は、ヤマト科学創業125周年を記念してライフサイエンス、マテリアルサイエンス、インフォメーションサイエンス及びそれらの融合分野を中心に、独創性、創造性に富む、気鋭の研究者を顕彰し、人類に夢と希望をもたらす科学技術の次世代リーダーとしての活躍を支援することを目的として2013年9月に設立され2014年3月に「第1回ヤマト科学賞」を発表致しました。
「第9回ヤマト科学賞」は昨年8月から11月末までの4ヵ月間に多数のご応募をいただき、ヤマト科学賞選考委員会にて厳正かつ公正な審査を行いました。その結果、工業的に広く使用されるゴムの高速破壊の発生メカニズムを解明し、さらに医療材料に活用されるゲルの「負のエネルギー弾性」を世界で初めて発見した 東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任講師 作道 直幸(さくみち なおゆき)氏を受賞者に決定致しました。
授賞式は本年4月 ヤマト科学株式会社本社にて、受賞記念講演は別途11月に執り行います。
委員長 | ヤマト科学株式会社 代表取締役社長 | 森川 智 |
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委員 | 東京大学 先端科学技術研究センター がん・代謝プロジェクトリーダー |
児玉 龍彦 |
委員 | 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 理事長 | 橋本 和仁 |
委員 | 東京大学 先端科学技術研究センター サービスVRプロジェクトリーダー 東京大学名誉教授 |
廣瀬 通孝 |
記者会見はオンライン形式にて開催いたしました。
(写真左:森川委員長、 写真右:橋本委員)
作道 直幸(さくみち なおゆき)氏
東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任講師
受賞テーマ 「ゴムやゲルの新たな物理法則の発見と解明」
2002年 | 私立大阪星光学院高等学校 卒業 |
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2006年 | 京都大学 理学部 卒業 |
2008年 | 京都大学 大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了 |
2012年 | 京都大学 大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 博士課程修了 博士(理学) |
2009年4月 - 2011年3月 | 日本学術振興会特別研究員(DC2) |
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2012年4月 - 2013年3月 | 東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 特任研究員 |
2013年4月 - 2015年4月 | 理化学研究所 仁科加速器研究センター 日本学術振興会特別研究員(PD) |
2015年5月 - 2018年9月 | お茶の水女子大学 ソフトマター教育研究センター 特任助教 |
2018年10月 - 2020年7月 | 東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任研究員 |
2020年8月 - 2021年10月 | 東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任助教 |
2021年11月 - 現在 | 東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任講師 |
2016年 | 未踏科学技術協会 未踏科学サマー道場 ポスター発表注目賞 |
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2017年 | 日本ゴム協会2017年年次大会 若手優秀発表賞 |
2017年 | 第28回エラストマー討論会 若手優秀発表賞 |
2019年 | 日本ゴム協会2019年年次大会 ポスター優秀発表賞 |
2021年 | 文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2021(ナイスステップな研究者)」 |
作道直幸氏は、素粒子物理学、量子物理学、冷却原子気体、化学物理と幅広い物理学の分野において研究を行ってきた経験を有する新進気鋭の研究者である。近年、同氏はこれらの考え方を分野横断的にマテリアルサイエンスに適用することにより、次々とゴムやゲルなどの柔らかい物質(ソフトマター)の従う、新たな物理法則を明らかにすることに成功し、学会、および産業界から注目されている。以下に同氏の研究成果を紹介する。
ゴムやゲルは、ひも状の高分子鎖が化学結合によってつながり、3次元的なネットワーク構造を持った柔らかい固形物である。大量の水(溶媒)を含むウェットなものがゲル、含まないドライなものがゴムである。作道氏は60年以上にわたって未解決であったタイヤなど工業的に広く使用されるゴムの高速破壊を引き起こす「速度ジャンプ」の発生メカニズムを解明することに成功した。すなわち、同氏は速度ジャンプの本質を損なわずに単純化した数学モデルを構築して厳密解を得(Sci. Rep., 2017)、さらにこの式を用いて、速度ジャンプは「亀裂先端部のガラス化」により発生することを理論的に示した。この研究成果は新たなゴム材料開発への指導原理を与えることとなり、同氏は企業と共同で様々な合成ゴムを用いた実験を行って理論の妥当性を実証し(Phys. Rev. Mat., 2021)、また、共同研究企業はこの成果を基にタフなゴム材料の開発に成功し、現在、産業化に向けた取り組みを進めている。
また作道氏は、ゼリー・豆腐などの食品や、ソフトコンタクトレンズ・止血剤などの医療材料に活用されるゲルにおける「負のエネルギー弾性」を世界で初めて発見した(Phys. Rev. X, 2021)。ゲルやゴムに外力を加えて変形すると高分子鎖が引き延ばされて復元力(エントロピー弾性)が生じるが、ゲルの場合は通常と反対向きの力も生じることにより大幅に柔らかくなるという発見である。この発見は「ゴムとゲルの弾性率は、エントロピー弾性でおおむね説明できる」という100年近く信じられてきた定説をくつがえすものであり、教科書を書き換えるほどのインパクトを持った発見と言えよう。さらにゲルの膨潤ダイナミクスにおいても、負のエネルギー弾性と類似の法則を発見した(Phys. Rev. Lett., 2021)。
一方、液体がゲル化(固化)するときには、保水力(浸透圧)が低下する。例えば、牛乳がヨーグルトになると水分(ホエー)が生じる。作道氏はゲル化による保水力の低下について、ゼリー・ヨーグルト・豆腐など物質の種類に依らず、共通のユニバーサルな物理法則で説明できることを示すことにも成功している(Phys. Rev. Lett., 2020)。
これらの研究成果は作道氏の分野横断的な知見が活かされたことにより得られたものと判断され、大変興味深いといえよう。国際的にも高く評価されており、学術論文の影響度の指標Altmetric Scoreにおいても高いスコアを得ている。また、これらの一連の研究は、ソフトマターの長年の定説をくつがえす歴史的に重要な学術成果であるだけでなく、工業用、医療用など様々な分野の新規ソフトマター材料開発につながる可能性を秘めていることも特筆される。例えば、流動食、人工軟骨などの開発に貢献する可能性も高く、超高齢社会に向けた健康寿命の延伸や、日常の様々なシーンにおける生活の質の向上といった身近な分野への展開も期待されるであろう。以上の理由により、第9回ヤマト科学賞を授与する。
※受賞者、ヤマト科学賞選考委員会の所属、肩書は2022年3月8日時点のものです。