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大阪大学 [山本 仁 教授]

事故事例から考える「安全」と「安心」の追求

今回、ゲストにお迎えしたのは山本仁大阪大学教授。大学の安全衛生管理のエキスパートで、大阪大学の安全衛生管理部を立ち上げ、自大学における研究室の、「安全」・「安心」を保持する仕組みをつくりあげた。山本教授に「安全」・「安心」にまつわる話を伺った。
― 2017年10月16日

事故事例から考える「安全」と「安心」の追求

今回、ゲストにお迎えしたのは山本仁大阪大学教授。大学の安全衛生管理のエキスパートで、大阪大学の安全衛生管理部を立ち上げ、自大学における研究室の、「安全」・「安心」を保持する仕組みをつくりあげた。山本教授に「安全」・「安心」にまつわる話を伺った。
― 2017年10月16日

100人定員のセミナー会場に160人が詰めかけた

森川 2017年9月に幕張メッセで開催された分析・科学機器展「JASIS2017」では、山本先生に安全に関するセミナー(※講演名「事故事例から考える研究・実験施設の安全管理」)をお願いしたのですが、100人定員の会場に160人が詰めかけました。

山本 立って聞いている方もおられましたね。

森川 関係者の席も空けて、その分、聴講希望者に入っていただこうと、私たちが外に出たら、会場に入りきれなかった人が大勢並んでいた。私たちにとっても初めての経験で、びっくりしました。その方々には後ほど資料をお送りするとお話ししてお帰りいただいたんですが、いかに「安全」・「安心」に対する関心が高いか、山本先生の講演に対するニーズが強いかを再認識しました。2018年は、もっと大きな会場を確保しなければいけないなと反省した次第です。
本日は山本先生に大阪大学で安全衛生管理部を立ち上げた経緯、大学における安全衛生の維持・確保についてのお話を伺いたいと思っています。先生が安全衛生の仕事にタッチされるようになったのは、いつごろですか。

山本 1990年代は産業技術総合研究所にいまして、2000年に、古巣の大阪大学から声がかかり、助教授で戻りました。ちょうど国立大学が法人化されることになった時期でした。産総研が国立大学に2年先んじて法人化したので、その時の様子を知っているということで白羽の矢が立ち、「大学の安全をつかさどる部門を」と当時の執行部からいわれ、2003年、今の安全衛生管理部を立ち上げました。

安全衛生管理部の最初の仕事は事故を報告するシステムづくり

森川 安全衛生管理委員会のような組織ではなく、独立した部署として立ち上げられたわけですね。

山本 どの国立大学も、そうしたセクションが必要ということは認識していたと思いますが、独立した部署として立ち上げたのは東京大学、京都大学など数えるほどでした。大阪大学では専門的に全学的な安全を考え、実現していく恒常的な部署が必要と判断し、安全衛生管理部を立ち上げたわけです。

森川 最初に、どういうところに手をつけられたんですか。

山本 研究実験系の事故を何としても防ぎたいという思いがありました。調べてみると、個々の事故を大学全体としてシステマティックに記録していません。非常に大きな事故の記録さえ学部にあるだけで、大学本部にはなかったのです。それでは事故の実態がつかめないので、最初につくったのが事故を報告してもらうシステムでした。

研究室・研究者ごとの自主管理を根底に置き、最低限の基準を定めた

森川 実態がわからないと手の打ちようもありませんね。先生がつくりあげられた安全衛生を保持する仕組みの急所を教えてください。

山本 大阪大学には教職員が約8,000人、学生が約2万5000人おります。このような多数の人たちの活動全てを理解し、ひとつの部門がコントロールするのは実質的に不可能です。そこで、研究・実験内容に一番詳しいのは研究室にいる先生方ですから、研究室・研究者ごとの自主管理が根底にあるべきだと考えました。ただ、すべてを研究室に任せると温度差がありすぎますから、通路と部屋の整理・整頓から、研究内容、例えば高圧ガス・寒剤、薬品管理などに分けて大学としての最低限の基準を定め、「安全衛生管理チェックシート」をつくりました。先生方が、そのシートをもとに研究室の管理にあたり、さらに私たちがパトロールして確認するという2段階で管理する仕組みです。

森川 安全という聞きなれたキーワードですが、紐解くと奥深いですね。

山本 一口に「安全」と言っても、その対応は千差万別です。対応は学部によっても違うことはもちろんですが、同じ学部内でも研究をしている内容が違いますのでその差は尚更です。ましてや「世の中にない(画期的・革新的な)ものを産み出すことを目標に実験をしている」わけですから、自分たち(研究者)は「安全」と思って行っている実験が、周囲から見ると「とても危険」とういことも起こりえます。
こういう事故を防止するために、ヤマト科学で販売されている、ヒュームフード等の実験什器は、「安全を担保する実験器具」として大きな意味を持っていると思います。
色々な化学物質を反応させるような実験では、予想外のことがよく起こります。頭で考えて答えが出せるようなものであれば、そもそも実験をしなくてもその答えが導き出せる、実験とはそういうものですから当然のことです。

森川 例えば、2週間の休暇で放置したペトリ皿に偶然出来た「ペニシリン」や、流行の遊びがきっかけとなった「麻酔」、絶縁用の酸化膜の不備によって発明された「トランジスタ」など、多くの失敗や偶然から、「発明・発見」となったもので、決して緻密な計算の上に成り立っているものではないということが、歴史は教えてくれています。
我々は、このような偶然とも言える産物を模索する研究というものに対して、如何に「研究者に対して、安全かつ恒常的に研究・実験出来る環境を提供するか」に日夜心血を注いでいます。この「安全」についての思想は、GFシリーズのヒュームフードの設計思想と通じているところがあります。

山本 具体的にはスローピングサッシですね。人は何かに没頭すると前のめりになる傾向があると言われています。そういった場面で、ヒュームフード内でサッシ越しに作業する時は、どうしても前面扉の垂直なガラスが邪魔に感じ、ガラスを閉じて作業するという「重要かつ基本的なルール」を破り、前面サッシを開放して作業することがあります。
このような作業者の心理的な行動を考えて、サッシに4度の傾斜角をつけたヒュームフードは、ストレスを感じずに作業ができる、「安全」・「安心」を兼ね備えた物だと思うのです。
さらにLEDのステータスモニタも他の人から見える安全という意味でも大きな意味があると思います。実際に導入したユーザーからの反応はいかがですか?

森川 納入後、実際に使われている実験作業者からの事故・クレームの類は、今のところ無いと聞いています。これも「安全」・「安心」を追求した製品であることが大きな理由の一つであると思います。

山本 今まで安全衛生に携わってきた経験として、「安全」は人々が意識的に考えて作り出すもので、「安心」はどちらかというと意識することなく享受されるものと考えています。その上でメーカーは、そういう安全意識を常に持ち製品を開発する必要があると思います。その点で貴社はユーザーの要求に耳を傾け「安全な製品」「安心の提供」を市場に送り出す社風があると感じております。

まったく違ったアプローチで、新しい商品が生み出された

森川 誠に恐れ入ります。そのような先生のお考えを研究什器だけではなく「安全」・「安心」を具体化した機器として、火災の危険性を極限まで抑えこんだ、フェイルセーフオーブンを共同で開発させて頂いたことは光栄です。私たちは製品の安全性を考えるとき、例えばオーブンでは温度暴走しないように、自動停止装置や過昇防止装置を考えます。温度が暴走し、その結果、加熱して火災にならないよう、テクノロジーで対応しようとするわけです。山本先生の発想は、もちろんテクノロジーもありますが、使う側の心理まで読み解かれていますね。テクノロジーで対応しようとすると過剰になりがちで、コストにも跳ね返ります。そういった意味でも、まったく違ったアプローチで新しい製品が生み出されたと私は理解しています。

山本 実はフェイルセーフオーブンは温度が上がり過ぎたまま乾燥を続けると、若干、プラスチック製品が溶けて変形します。これは、あえてそうしました。失敗やミスをしても絶対にプラスチック製品が無事なら、学生はミスに気づきません。防ぎたいのは温度暴走による火災なのです。火災は絶対に起こさないが、中に入れたプラスチック部品は変形して教授に怒られることで自分のミスに気づくようになる温度設定にしてあります。

森川 これは開発秘話ですね。

山本 開発途中で、御社の技術者から「ちょっと溶けちゃいますね。どうしましょうか」と聞かれました。制御を変えれば、そうした問題はなくなりますが、あえて残したほうがいいと説得しました。自分が間違えたことに気づかずに卒業するほうが、ずっと怖いんです。

森川 確かに適度な失敗も必要ですね。

山本 おそらく実験室の中だけではなく、人生においても適度な失敗こそが大事です(笑)。

森川 なるほど。「失敗は成功のもと」ですね(笑)。

山本 御社の製品は安全性だけではなく、操作性や機能性にも幅広く配慮されていますね。

森川 たとえば、先ほども述べましたヒュームフード(ドラフトチャンバー)は人間工学的、及び研究者の心理的負担の軽減を狙い、前面サッシにわずかな傾斜をつけたスローピング型前面サッシを採用したことで、今までにない優れた操作性・機能性・快適性を提供しています。またオプションとして、動体検知センサー搭載VAVシステムもラインナップされています。ヒュームフードに近づいた人を検知し、更に人の動きを予測し、ヒュームフードへの気流を乱す人の動きをリアルタイムでVAVシステムに伝え、安全な気流を確保するために風量を調整し、人の動きにともなう外乱による漏洩リスクを低減できる優れたテクノロジーを持つ製品です。

山本 御社は設備・機器をバラバラに提供するだけではなく、研究者の使い勝手を考慮して実験機器を統合管理するツールも用意されていますね。

森川 そうなんです。「Liims」という什器・機器の統合管理システムも開発しました。いままで、こうした管理システムはなかったのです。こちらも「効率的に利用できるようになった」と感謝の言葉を頂戴しました。これらは、いずれも根本的には先生のものの見方・考え方に啓発を受けたもので、今後とも引き続き、ご指導のほどよろしくお願いします。

山本 研究者の妄想に近いアイデアに、御社がいつも真剣に向き合ってくださっていることに感謝します。
「こんなものがあったら、いいな」というアイデアを具体的なカタチにしていただけるので、すごく感動しています。

イノベーションを支援する企業として

森川 緊張感がないときに事故は起こります。また、過度の緊張感があるときも事故は起こります。そうすると適度な緊張感というのはどの範囲をいうのかが次のテーマですね。

山本 そのとおりです。研究者がどのように動くかというより、研究者と実験機器・設備を全部ひっくるめた実験室というものが評価できないかと考えています。それは「実験室の健康診断」をしたいという発想からです。健康診断をするためには正常値がわかっていなければいけません。「では実験室の正常値とはなんだろう?」ということで、御社とともに豊中キャンパスの研究室にご協力いただき、そのあたりを明らかにしていこうと考えています。

森川 当社はメーカーですから、やはり製品として結実することが目標です。弊社で調査したニーズと山本先生がおっしゃるニーズは異なります。顕在化したニーズではないし、アンケート調査で出てくるニーズでもありません。隠れた深層心理の欲求レベルの潜在的ニーズを明らかにされようとしているのですね。そのような潜在的ニーズを理解した上で作られた製品は、研究者を守る「安全」と、研究に没頭できるような「安心」を高いレベルで両立させるものであると確信しています。
その信念にに基づき、私どもヤマト科学は、これからも研究者のイノベーションを支援する企業として、研究者のチャレンジによる失敗も許容できる様な、安全かつ高い自由度を持つ製品を提供して参りたいと思います。

山本 期待しています。